Zeronicle Story

創作した話や絵を中心に綴るブログ

サークル飲み会の帰り道、いつもの近道が「異界」に変わる時。友人と迷い込んだ空白の3時間

大学生なら誰もが経験する、飲み会後のほろ酔いの帰り道。そんな日常が、一歩路地を曲がっただけで崩壊するとしたら?

そんな怪談を用意してみました……。

1. 楽しいはずの二次会帰り。馴染みの駅へ向かう「近道」という誘惑

新歓コンパの二次会が終わり、駅前の居酒屋の喧騒から四人の大学生が吐き出されたのは、午前0時を回った頃でした。アルコールの熱気と安っぽい揚げ物の匂いが染み付いた体には、深夜の冷たい夜風が妙に心地よく感じられます。

一行の先頭を行くのは、大学1年生の本田マイケソです。ブラジル人と日本人のハーフである彼は、190cm近い長身を新聞配達のバイトで鍛え上げた強靭な肉体で支えていました。暗がりでも目立つ彫りの深い顔立ちと、カポエイラのステップを思わせる軽やかな足取り。しかし、その内面は明日の早朝の配達を心配する至って真面目な学生でした。

「あーあ、結局収穫ゼロかよ。女子大とのインカレサークルって話、完全にガセだったな」

隣で肩を落として歩くのは、友人の鹿瀬です。端正な顔立ちを台無しにするほど女癖が悪く、今夜も目当ての出会いがなかったことに不満を漏らしていました。その後ろでは、新城が落ち着かない様子で周囲を見渡しています。

「ねえ、もう帰ろうよ。この時間、なんか嫌な予感がするんだって……」

新城のいつものビビり癖に、最後尾を歩く軍隊オタクの岩本が鼻で笑いました。彼は全身をタクティカルブランドの装備で固め、軍用レベルの出力を誇るフラッシュライトを無意味にカチカチと点滅させています。

「斥候がそんな弱気でどうする。駅への移動を開始するぞ」

四人が駅へと続く大通りへ向かおうとしたその時、街灯の届かない路地裏から、ぬっと一つの影が滑り出してきました。

「……今日は、あっちの細い道を通ったほうがいいですよ。最短ルートですから」

それは、恵比寿様をそのまま中年太りにしたような、福耳で小太りの男――吉田でした。学内でも「誰にも相手にされていないのに、なぜか不穏なことを言って去っていく」と噂される、正体不明の男です。吉田はマイケソの目をまっすぐに見ることはせず、古びた雑居ビルが立ち並ぶ、街灯一つない真っ暗な路地を指差しました。

「あっちなら、すぐ着くから。すぐ、ですよ……」

吉田はそれだけ言い残すと、返事も待たずに闇の中へと消えていきました。

「なんだあいつ、気色悪いな。でも確かに、あっちの道を通れば駅まで5分は短縮できそうだ」

鹿瀬が酔った勢いで、吉田の指差した路地へ足を踏み入れました。普段の新聞配達の経験から、マイケソは「知らない道」への本能的な警戒心を抱いていました。しかし、なぜかその夜に限って、彼の鋭い感覚は沈黙していました。まるで、見えない糸に引かれるように、四人はその「近道」という名の異界への入り口へと吸い込まれていったのです。

2. 繰り返す景色と消えた喧騒。スマホのGPSが指し示した「空白地帯」

吉田に指し示された路地に入ってから、およそ10分が経過していました。

駅までは徒歩5分足らずのはずですが、一行の目の前には依然として、湿ったコンクリートの壁と、どこか時代から取り残されたような古い木造家屋が続いています。新聞配達のアルバイトで街の裏道を知り尽くしている本田マイケソは、自身の「地図感覚」に、言いようのないズレが生じていることに気づき始めていました。

「……おい、さっきからこの『錆びた自転車』、三回目じゃないか?」

マイケソが足を止め、路地の脇に放置された赤い三輪車を指差しました。 「まさか。酔っ払って同じところを回ってるだけだろ」と、鹿瀬は強がって笑いますが、その額には嫌な汗が浮いています。女癖の悪さで培った「修羅場を察知する嗅覚」が、今は別の種類の危機を告げていたのです。

「おかしい。方位磁石が定まらない……!」

軍事オタクの岩本が、タクティカルウォッチのコンパスを覗き込みながら声を荒らげました。彼は自慢の1000ルーメンを誇るフラッシュライトを前方に照射しましたが、強力なはずの光は、まるで霧に吸い込まれるように数メートル先で不自然に途切れています。

「ねえ、見てよこれ! 俺たちの場所、変なところにあるんだけど!」

震える声で新城が差し出したスマートフォンの画面。そこには、Googleマップの青い位置マークが、道のない真っ黒なエリアで激しく回転し続ける様子が映し出されていました。

「圏外……? いや、電波はフルなのに、現在地が特定できない。」

マイケソも自身の端末を確認しますが、状況は同じでした。 さらに、一行を最も深い恐怖に突き落としたのは「音」の消失です。つい数分前まで聞こえていた駅ビルの喧騒や、大通りを走る車のエンジン音が、まるでスイッチを切ったように一切聞こえなくなっていました。

聞こえるのは、自分たちの荒い呼吸音と、マイケソがカポエイラの構えを微かに取った時に鳴る、衣擦れの音だけです。

「……誰か、後ろにいる?」

新城が涙目で振り返った瞬間、岩本のフラッシュライトが、路地の奥にある「ありえないもの」を照らし出しました。それは、先ほど別れたはずの恵比寿顔の男、吉田が指差していた方向とは全く別の角度から、こちらをじっと見つめている「何か」の影でした。

3. 追いかけてくる「足音」の正体。友人の背後に見えた、ありえない影

「……誰か、後ろにいる?」

新城の震える声が静寂を切り裂いた瞬間、四人は同時に足を止めました。 その直後、背後の闇から「ペタ、ペタ」という、濡れた素足でコンクリートを叩くような音が響きました。自分たちが止まると、その音も一拍遅れてピタリと止まります。

「誰だ! 出てこい!」

軍事オタクの岩本が叫び、自慢のフラッシュライトを音のした方角へ向けました。強力な光が闇を切り裂きますが、そこには誰もいません。ただ、先ほど通り過ぎたはずの「錆びた三輪車」が、なぜかまたそこに置かれているだけでした。

「おかしい。さっきから同じ場所をループしてるだけじゃない。……何者かとの距離が縮まってる」

本田マイケソは、カポエイラの基本ステップであるジンガを無意識に刻みながら、周囲の気配を探っていました。新聞配達で培った、深夜の微かな物音や気配を察知する鋭い感覚。それが、自分たちのすぐ後ろ、正確には「岩本のすぐ後ろ」に、質量を持たない何かが潜んでいることを告げていました。

「冗談はやめろよ。俺の装備はプロ仕様だ。隠れてるなら熱源で見つけてやる」

岩本は震える手で赤外線サーモセンサーを取り出そうとしましたが、その時、新城が喉の奥で短い悲鳴を上げました。

「岩本くん……影、影が……!」

新城が指差した先。街灯の真下に立つ岩本の足元から伸びる「影」が、明らかに不自然な動きをしていました。岩本本人は直立不動でライトを構えているのに、その影だけが、ゆらりと首を傾げ、まるで岩本の背中にしがみつくように、じわじわと形を変えていたのです。

「……え?」

岩本が振り返ろうとした瞬間でした。
彼の背後に、先ほど立ち去ったはずの吉田の言葉が重なります。

『すぐ、着くから。すぐ、ですよ……』

その声は、岩本の耳元で直接囁かれたかのようでした。次の瞬間、岩本の持つ強力なライトがバチリと音を立てて消え、それと同時に彼の体が、まるで巨大な力で背後から引きずり込まれるように、路地裏の真っ暗な隙間へと消えていきました。

「岩本っ!!」

マイケソがカポエイラの跳躍を活かして手を伸ばしましたが、指先が触れたのは、冷たく湿った「泥のような感触」だけでした。ミリタリー装備の硬質な音とともに、岩本の姿は完全に闇に溶け、後に残されたのは、彼が落としたタクティカルライトが虚しく点滅する光だけでした。

4. 異界からの脱出。封印されていた「古い祠(ほこら)」と、友人が犯した禁忌

岩本が闇に消えた衝撃で、新城はその場にへたり込み、鹿瀬は「うわああ!」と脈絡のない叫び声を上げました。しかし、本田マイケソだけは違いました。新聞配達の過酷な深夜業務で鍛えられた精神力と、カポエイラで培った危急の際の集中力が、彼の思考を冷徹に研ぎ澄ませていました。

「落ち着け、二人とも! 走るぞ、まだ道は続いている!」

マイケソは新城の腕を強引に引き上げ、岩本が落としたライトを拾い上げました。点滅する光を頼りに、三人は迷路のような路地をさらに奥へと突き進みます。すると、行き止まりかと思われた壁の先に、不自然なほどぽっかりと開けた空間が現れました。

そこにあったのは、立ち並ぶ雑居ビルの隙間に押し潰されるように鎮座する、古びた石造りの「祠」でした。

祠の周りには、腐りかけた注連縄(しめなわ)が地面に落ち、異様なほど濃厚な線香の匂いが立ち込めています。そしてその台座の上に、場違いな「あるもの」が置かれているのをマイケソは見逃しませんでした。

「……あれは、さっきの居酒屋の……」

それは、二次会で利用した個室の隅に飾られていた、古びた木彫りの人形でした。なぜそんなものがここにあるのか。マイケソが鋭い視線を向けると、隣でガタガタと震えていた鹿瀬が、真っ青な顔で自分のポケットを押さえました。

「ごめん……。あそこの店員の子に渡そうと思って、縁起物っぽかったから、つい……」

鹿瀬の女癖の悪さが災いした瞬間でした。彼が店から持ち出したのは、単なる装飾品ではなく、その土地の「障り」を封じ込めるための依代(よりしろ)だったのです。吉田が「最短ルート」としてこの道を教えたのは、盗まれた「供物」を元の場所へ――この祠へと戻させるための、非物質的な誘導だったのかもしれません。

「すぐにそれを祠に戻せ! 岩本を連れ去った『何か』は、それが目的だ!」

マイケソが叫ぶのと同時に、祠の裏から、人の背丈ほどもある「巨大な影」がぬるりと這い出してきました。それは先ほど岩本の影を乗っ取ったものと同じ、顔のない、泥のような質感の怪物でした。

鹿瀬は震える手で木彫りの人形を祠に放り投げました。その瞬間、空間全体が激しく歪み、鼓膜を突き刺すような高周波の音が響き渡ります。

「伏せろ!!」

マイケソは二人の首根っこを掴み、カポエイラの低い構え「ネガチーヴァ」のように地を這う姿勢で二人を庇いました。頭上を黒い風が通り抜け、祠の奥へと吸い込まれていくのを感じながら、マイケソは心の中で「帰してくれ」と強く念じました。

5. あれから1年。今も私たちが、夜の路地を一人で歩けない理由

気づいた時、三人は駅前の明るいロータリーに突っ伏していました。 耳を刺すような静寂は消え、遠くでタクシーが走る音や、酔客の笑い声が聞こえます。本田マイケソが真っ先に顔を上げ、腕時計を確認しました。針が指していたのは、午前3時30分。あの路地に入ってから、実に3時間以上が経過していたのです。

「……岩本は? 岩本はどこだ!」

マイケソの声に弾かれたように、鹿瀬と新城が周囲を見渡しました。数メートル離れた街灯の下、軍用タクティカルライトを握りしめたまま、岩本が泥だらけの姿で倒れていました。幸いにも息はありましたが、あの大出力を誇っていたライトのレンズは、内側から焼き切れたように真っ黒に焦げ付いていました。

あれから、1年が経ちました。

岩本は一命を取り留めたものの、あの一件以来、あんなに心酔していたミリタリー趣味を完全に辞めてしまいました。今は親戚の寺を継ぐと言い出し、熱心に経を唱える日々を送っています。彼の背中には、あの日以来、どんなに洗っても落ちない「小さな子供の泥の手形」が、今もくっきりと残っているそうです。

鹿瀬はすっかり女遊びを辞め、夜道を出歩くことすら怯えるようになりました。新城はあの日以来、大学を休みがちになり、今も「誰かに見られている」と言って部屋に引きこもっています。

そしてマイケソは、今も新聞配達のバイトを続けています。
190cmの体躯とカポエイラの技があっても、あの「異界」では何の役にも立たなかった。その無力感は、今もマイケソの胸に重くのしかかっています。配達のルートにあの路地が含まれていないことだけが、唯一の救いです。

ただ、マイケソは時折、配達の途中でふと思うことがあるのです。 あの時、路地の入り口で出会った吉田。彼は本当に「吉田」だったのでしょうか?そして、彼は本当に、マイケソたちを「助ける」ために近道を教えたのでしょうか。 もしかしたら、あの祠に捧げる「生贄」として、マイケソたちをあそこへ導いたのでは……。

もしあなたが、飲み会帰りのほろ酔い気分で、あまり親しくな知人に「近道」を教えられたら――。 その時は、どれほど時間がかかっても、必ず街灯の多い大通りを歩いてください。

あなたが今、正しい「現実」を歩いているという保証は、どこにもないのですから。