
2025年、12月の暮れ。 新宿の喧騒から少し離れた路地裏にある居酒屋の個室で、その忘年会は行われていました。 集まったのは大学時代の同級生、5人。
その中に、イケダという男がいました。 彼は昔から少し「変わった」ところがあり、誰もいない場所を凝視したり、奇妙な足音を聞いたりと、いわゆる「視える」タイプの人間でした。友人たちもそれを知っており、彼の奇妙な言動を半分は面白がり、半分は気味悪がっていました。
酒が進み、思い出話に花が咲く中、ふと会話が途切れた瞬間のことです。 友人のザラキが、おもむろにスマートフォンを取り出し、震える声で切り出しました。
「……なあ、これを見てくれ。ついこの前届いたんだ」
ザラキがテーブルの中央に置いた画面には、一通のメールが表示されていました。
差出人:イワイ 件名:無題 送信日時:2025年12月23日 20時15分
一同の空気が凍りつきました。 イワイは、彼らの共通の友人でしたが、3年前の冬に病でこの世を去っています。解約されているはずの彼のアドレスから、今この瞬間にメールが届くはずがないのです。
イケダは黙ってその画面を見つめました。 メールの本文には、たった一行、こう記されていました。
「イケダ、お前の後ろ、まだ冷たいままか?」
その言葉を見た瞬間、イケダの脳裏に古い記憶が蘇りました。 大学時代、イケダは常に「自分の背後には何かが憑いている」と怯えていました。冬でもないのに、彼の背中だけはいつも氷のように冷たかったのです。
イワイだけは、その話を笑わずに聞いてくれました。
「もし俺が先に死んだら、その『冷たいの』が何なのか調べてやるよ」
かつてイワイは、酒の席でそう冗談めかして言っていたのです。
「なあ、イケダ……お前、今どうなんだよ」
ザラキが顔を青くして尋ねます。 イケダはゆっくりと、自分の肩から背中にかけて手を回しました。
かつて彼を苦しめていた、あの刺すような氷の冷たさ。 それは、イワイが亡くなったあの日を境に、不思議と消えていたのです。
イケダはふっと息を吐き、静かに首を振りました。
「……いや。今はもう、何ともないよ」
メールの画面をもう一度見ると、文字がじわりと滲んで消えかかっているように見えました。死者からのメール。それは警告でも、呪いでもありませんでした。
イワイは、あちら側へ行ってからも、かつての約束を覚えていたのでしょう。そして、友人の背後にいた「何か」を、自分と一緒に連れて行ってくれたのかもしれません。あるいは、単に友人を案じて、あちら側から生存確認を送っただけなのか。
「イワイは……これを伝えたかったんだろうな。もう大丈夫だ、って」
イケダがそう呟くと、個室の中に流れていた不気味な寒気は、いつの間にか消え去っていました。
2025年の冬、彼らはただ、もういない友人の不在を、これまで以上に強く感じていたのでした。
皆様、よいお年を…