
きょういち君はごくごく平凡な大学生でございました。
親元を離れ借りた安アパートの一室。
それが彼の城であり日常の全てだったのです。
異変が起きたのは梅雨のじめついた夜のこと。
レポートに追われていたきょういち君の耳にふと奇妙な音が届きました。
ヒュウウウウ…
まるで隙間風のような音。
しかし窓は固く閉ざされエアコンも止まっている。
風が吹くはずもないのにその音は確かに聞こえるのです。
気のせいか。
彼はそう思い作業に戻りました。
しかしその日からです。
毎晩のようにその『風の音』が聞こえるようになったのは。
ヒュウウウ…ヒュ…ウ…
音は少しずつ変化していきました。
まるで誰かのため息のように…あるいは…苦しみに喘ぐ声のように。
「おかしいな…」
ある夜きょういち君は音の出所を探ろうと部屋の中を歩き回りました。
換気扇じゃない。水道管でもない。
音は…どうやら壁の中から聞こえてくるようでした。
それもベッドの頭が接するあの冷たい壁からです。
ぞわりと背筋に何かが走る。
それでも彼は恐怖心を振り払うように壁に耳を押し当てました。
ヒ…ュ…う…さ…む…い…
か細い声が聞こえた気がして思わず体を離す。
「風の音じゃない。これは声だ。」
その夜から彼は電気を消して眠れなくなりました。
数日後。
すっかり憔悴したきょういち君はついに意を決します。
音の正体を突き止めてやる。
震える手で壁をコンコンと叩いてみたのです。
すると…
あれほど鳴り響いていた風の音が…ピタリと止んだのです。
「…止まった?」
安堵したきょういち君が壁から離れようとした、その時でした。
彼の耳元で…
しかし明らかに壁の"内側"から…
はっきりとした少女のような声がこう囁いたのです。
『…みつかった…』
きょういち君は絶叫しその場に崩れ落ちました。
それきりあの不気味な風の音が聞こえることはなくなったそうでございます。
ええ、ただ…代わりに…
今でも時々誰もいないはずの部屋でふと視線を感じることがあるのだとか。
壁に背を向けていると…すぐ真後ろから冷たい息を吹きかけられるような…
そんな感覚に襲われるのだそうです。
あの壁の向こうの"何か"は…
今もきょういち君のことを見つけて…すぐそばにいるのかもしれませんな…。