
SNSを見ていたら、大学時代の友人から友達申請が来た。懐かしさから承認したその日から、僕の日常は静かな狂気に蝕まれていくことになる――。
第一章:通知
ダイケの日常は、無数のコードとモニターの光で満たされている。33歳、システムエンジニア。彼の仕事は、論理と規則性で構築された世界で、綻びを見つけては修正することの繰り返しだった。コミュニケーション能力は高い方で、クライアントや同僚との関係も良好。公私ともに、彼は自分の人生をそれなりにうまくコントロールできていると思っていた。
ある日の深夜、バグ修正の目処がつき、息抜きにスマホを手に取った。SNSアプリの赤い通知が一つ。見慣れたアイコンの横に「友達申請が1件あります」と表示されていた。
タップすると、そこに表示された名前にダイケは少し目を見開いた。
『ぽっけ』
プロフィール写真には、見覚えのある、しかし少しやつれた男の顔が設定されている。ぽっけは、大学時代の同級生だった。サークルも同じで、よくつるんでバカなことをしたものだ。
ダイケの記憶の中のぽっけは、お調子者で、いつも輪の中心で笑っているような、比較的明るい男だった。卒業後は疎遠になっていたが、どうしているだろうか。ダイケは懐かしさに駆られ、迷わず「承認」ボタンを押した。
すぐに、ぽっけからメッセージが届いた。
『ダイケ! 久しぶり! 俺のこと覚えてる?』
『もちろん覚えてるよ! 懐かしいな、元気にしてたか?』
そこから、途切れ途切れのメッセージで近況を報告し合った。ぽっけは営業職に就いたが、あまりうまくいっていないこと。昔のように明るく振る舞えなくなっていること。文面からは、どこか自嘲的な響きが感じられた。
『今度、久しぶりに飲まないか?』
ダイケからの誘いに、ぽっけは『ぜひ!』と食い気味に返してきた。そうして、十年以上ぶりに旧友と再会する約束が、いとも簡単に結ばれた。ダイケは、少し疲れているらしい友人を励ましてやろうと、そんな軽い気持ちでいた。
第二章:違和感
週末の夜、新宿の居酒屋。ダイケが先に席に着いて待っていると、予約時間ちょうどに「ごめん、待った?」と声がした。そこに立っていたのは、紛れもなくぽっけだった。だが、ダイケは一瞬、言葉に詰まった。
プロフィール写真で見た以上に、彼は暗い印象をまとっていた。猫背気味で視線は常に少し下を彷徨い、口元には力のない笑みが張り付いている。大学時代の快活な面影は、どこにもなかった。
「いや、俺も今来たとこ。まあ座れよ」
ダイケは持ち前のコミュニケーション能力で、努めて明るく場を回そうとした。だが、ぽっけはどこか上の空だった。
「営業、大変なんだな」
「……ああ。俺、向いてないんだよ。口下手だし、すぐ客を怒らせるし…。同期はみんな出世してるのに、俺だけ…」
ぽっけは、グラスの縁を指でなぞりながら、うつむいたまま愚痴をこぼす。その姿は、痛々しいほどに卑屈だった。ダイケは相槌を打ちながらも、内心では困惑していた。社会に揉まれて人が変わることはある。だが、これはあまりにも変わりすぎではないか。
励まそうと大学時代の思い出話を振っても、ぽっけの反応は「ああ、そんなこともあったっけ」と鈍い。まるで、他人の話を聞いているかのようだった。
その日は早々に解散した。帰り道、ダイケは「あいつも苦労してんだな」と自分に言い聞かせた。しかし、心の奥底に、小さな澱のようなものが溜まっていくのを感じていた。
第三章:変貌
二週間ほど経った頃、今度はぽっけの方から連絡が来た。
『ダイケ、この前は暗い話ばっかりで悪かったな! 俺、復活したわ! 礼がしたいから、また飲もうぜ!』
その文面は、前回とは打って変わって異常にテンションが高かった。
指定されたのは、少し気取ったダイニングバーだった。ダイケが戸惑いながら店に入ると、そこにいたぽっけの姿を見て、再び絶句した。
髪はワックスで派手に逆立てられ、身体にフィットしたシャツを着ている。そして何より、その目がギラギラと見開かれ、異様な熱を帯びていた。
「よぉ、ダイケ! こっちこっち!」
ぽっけは大きな声で手招きすると、メニューも見ずに一番高いシャンパンを注文した。
「いやいや、そんなの悪いって!」
「いいんだよ! この前は俺のせいで湿っぽくなったからな! 今日は俺が奢る! パーッと行こうぜ!」
その日のぽっけは、とにかく饒舌だった。自分の営業成績がいかに素晴らしいか(それは嘘だとダイケにはすぐに分かった)、これからビッグなビジネスを立ち上げる計画があることなどを、身振り手振りを交えて一方的にまくし立てる。時折、下品なジョークで店員に絡み、ダイケをひやりとさせた。
ダイケは、目の前の男が信じられなかった。これは、卑屈で暗かったあのぽっけと同一人物なのか? 大学時代の彼とも違う。まるで、何かに取り憑かれたかのような、空虚な狂気がそこにはあった。
「お前、なんか…大丈夫か?」
思わず漏れたダイケの問いに、ぽっけは一瞬きょとんとした顔をし、すぐに大声で笑い飛ばした。
「大丈夫に決まってんだろ! 今の俺は絶好調なんだよ!」
ダイケは、目の前で笑う男から、得体の知れない恐怖を感じ始めていた。
第四章:誰
それからも、ぽっけからの連絡は不定期に来た。
ある時は、「誰かに命を狙われている」と電話口で泣きじゃくり、公園のベンチでガタガタ震えていた。
またある時は、まるで賢者のように落ち着き払い、哲学的な物言いでダイケを諭そうとしてきた。
そして、子供のように無邪気に、ただただアニメの話だけをしたがる日もあった。
会うたびに、彼は別人のように見えた。服装も、髪型も、口調も、趣味嗜好さえも違う。ダイケの頭は完全に混乱していた。ぽっけという人間の核が、どこにも見当たらない。彼と会うことは、ダイケにとって苦痛以外の何物でもなくなっていた。
ある晩、ダイケのスマホが鳴った。ぽっけからだった。もう会うのはやめよう。そう告げるために、彼は覚悟を決めて通話ボタンを押した。
しかし、電話口から聞こえてきたのは、今まで一度も聞いたことのない、冷たくて平坦な声だった。
『――もしもし、ダイケくんですか』
「…え? あ、はい…ぽっけ?」
『ああ、僕は“ぽっけ”ではありません。ですが、彼の身体を使わせてもらっています。いつも、他の“私たち"がご迷惑をおかけしているようで、申し訳ない』
ん?他の"私たち"?
ダイケは言葉の意味が理解できず、背筋が凍り付いた。
『ご安心ください。これ以上、あなたを混乱させることはないようにします。彼らは少しの間、深く眠ってもらうことにしましたから。…ええ、本来の臆病な“ぽっけ”も、です』
一方的にそう告げると、電話は静かに切れた。
ツー、ツー、という無機質な音が響く部屋で、ダイケはスマホを握りしめたまま動けなかった。
大学時代の、明るかったぽっけ。
再会した時の、暗くて卑屈なぽっけ。
ハイテンションで攻撃的だったぽっけ。
何かに怯えていた、泣き虫のぽっけ。
そして、今の冷徹な声の主…。
頭の中で、無数の“ぽっけ”が渦を巻く。どれが本物で、どれが偽物なんだ。いや、そもそも――。
ダイケは、暗い部屋の中で一人、小さく呟いた。
「あいつは……俺が会っていたのは、いったい誰だったんだ? なんなんだ、あいつは……」
その答えに彼が辿り着くことはない…。