Zeronicle Story

創作した話や絵を中心に綴るブログ

裏切りと癒えぬ傷

裏切りと癒えぬ傷

静まり返ったオフィスに、藤安の心臓の音が響く。24歳。IT企業の歯車として、彼は今日もまた、その精神をすり減らしていた。彼のOJTであり、6つ年上の先輩である銀井は、藤安の些細なミスも見逃さなかった。いや、見逃さないのではなく、執拗に探し出しているようだった。

「おい、藤安。これ、なんだよ? こんな凡ミス、小学生でもしねーぞ」

銀井の声が、凍てつくナイフのように藤安の耳を劈く。彼の声は、いつも藤安の人格を否定する言葉を伴っていた。

「前にも言ったよな? お前、本当に仕事向いてないんじゃないか? あ? 聞いてんのか?」

藤安の背中に冷たい汗が流れる。銀井の目は、獲物をいたぶる蛇のように細められ、嘲りの光を宿していた。過去のミスまで持ち出しては、藤安が言葉を失い、顔を蒼白にするまで攻撃を続ける。オフィスという名の密室で繰り広げられる、精神的なリンチだった。藤安の心は、まるで嵐の海の小舟のように揺れ、沈黙の波に飲み込まれそうになっていた。

藤安には、唯一心を許せる存在がいた。同期の田池だ。彼とは大学時代からの友人だった。共通の友人を通して知り合った二人は、いつしかお互いを「親友」と呼び合うようになっていた。田池は藤安の憔悴した顔を見るたびに、心配そうに声をかけてくれた。

「また銀井さんにやられたのか? あいつ、本当に陰湿だよな」

田池の言葉は、藤安の乾いた心に染み込む一滴の水のように感じられた。しかし、藤安は知らなかった。その優しさが、まるで毒を含んだ蜜のように、彼の心を蝕んでいることを。

田池は、藤安が苦しむ姿を見るのが大好きだった。彼の心には、他者の苦痛を糧とするサイコパスの衝動が宿っていた。大学時代から親しい藤安が、精神的に追い詰められていく様子は、田池にとって最高のエンターテイメントだったのだ。

ある日のこと、田池は衝撃的な場面を目撃する。銀井が、藤安と田池の先輩であるかも子を盗撮していたのだ。かも子は、天然な発言が多く、藤安からは少々鬱陶しいと思われていたが、その顔はどっちかというと可愛らしい部類に入る。田池は可愛い顔立ちの女が好みであり、この「獲物」を逃すはずがなかった。田池はその盗撮犯行時の銀井の姿を動画として撮影し、その盗撮動画を手に銀井を呼び出した。

「銀井さん。これ、見覚えありますよね?」

田池の口調は、いつもの親しみやすいそれとはかけ離れ、冷たく、そして有無を言わせぬ響きを持っていた。銀井の顔色が変わる。田池は続けた。

「藤安のこと、もっと厳しくお願いしますよ。もちろん、この動画が世に出回らないように、最大限の努力はさせてもらいますから。嫌ですよね。この動画が出回ったら。」

銀井は、田池の底知れない冷酷さに戦慄した。だが、彼には選択肢がなかった。もともと銀井は、藤安が秘めている潜在能力に薄々気づいていた。もし藤安が成長すれば、自分の地位を脅かす存在になるかもしれない。田池からの脅迫は、銀井にとって藤安をいじめる大義名分となった。

それからの銀井のいじめは、さらにエスカレートした。藤安の心は、まるで壊れかけたガラス細工のように、脆く、今にも砕け散りそうだった。彼の精神は、常にギリギリのところで均衡を保っていた。夜も眠れなくなり、日中も胃の痛みと吐き気に襲われる。そんな日々が、永遠に続くかのように思えた。

ある日、藤安は決意する。このままでは自分が壊れてしまう。彼は、銀井によるいじめの証拠を掴むため、銀井と話すときには密かに録音を始めるようにした。毎日、銀井の罵声と嘲笑を録音し続ける藤安の心は、鉛のように重かった。それでも、彼は諦めなかった。

録音された音声を聞き返していたある夜、藤安は奇妙な声に気づく。銀井の声の背後で、かすかに別の声が聞こえる。それは、親友であるはずの田池の声だった。彼の心臓が、激しく警鐘を鳴らす。何度も何度も聞き返すうちに、田池が銀井に指示を出しているらしき会話が、はっきりと聞き取れるようになった。

「もっと追い込んでくださいよ。あの顔、最高に面白いんですよ」

その言葉を聞いた瞬間、藤安の世界は音を立てて崩れ落ちた。信頼していた親友の裏切り。それは、銀井のいじめよりも深く、彼の心をえぐり取った。藤安の胸に、まるで真っ黒な泥が流れ込んできたかのような絶望感が広がった。

藤安は田池を問い詰めた。田池は最初はしらを切ったが、藤安が証拠を突きつけると、あっさりと白状した。

「ああ、そうだよ。俺が銀井さんを操ってたんだ。お前が苦しむ顔、最高だったぜ? なあ、藤安。お前ってさ、本当に面白いよな。」

田池の目は、まるで底なし沼のように冷たく、そこに感情の欠片も見当たらなかった。彼の言葉は、藤安の心を氷漬けにした。

「ばれちまったからな。これやるよ。煮るなり焼くなり好きにしろ。」

そういって、田池は銀井がかも子を盗撮しているところを収めたファイルを手渡し、会社を出ていった。

藤安は、銀井が盗撮していた証拠と、田池が銀井を脅迫していた証拠を会社に提出した。事態は瞬く間に会社の知るところとなり、銀井は糾弾された。窮地に追い込まれた銀井は、精神の均衡を失っていく。彼の心は、まるで燃え盛る炎のように自暴自棄になり、ある夜、会社に火を放った。会社は炎に包まれ、銀井は燃え盛る炎の中で、自らの命を絶った。

田池は、盗撮の脅迫と、銀井を操りいじめを助長した罪で逮捕された。藤安の心は、深い傷を負ったままだった。親友の裏切り、いじめの辛さ、そして銀井の死。全てが重くのしかかり、彼の心を締め付けた。

藤安は、会社に残ることで精神的なダメージを蓄積していった。

「このままじゃダメになる」

そうして、藤安は会社を離れることを決意した。
新しい場所で、彼はもう一度、人生をやり直すことを誓ったのだ。

彼の心には、まだ癒えぬ傷がある。しかし、彼はその傷を抱えながらも、一歩ずつ前へと進んでいく。
まるで、夜明け前の空に浮かぶ一番星のように、かすかな光を求めて。