登場人物
- 安藤たけお:主人公。中小企業の係長。上司の桜庭に辟易としている。退職することを決意。
- 桜庭としひろ:たけおの上司。課長。管理職の器でないとみんなに思われている。本人は気付いていない。
- 安藤よしえ:たけおの妻。
- 池田やすし:たけおの部下。人懐っこい。
たけおの災難 #3
たけおは、桜庭の言葉が耳に残ってはいたものの、気にしないように努め、淡々と引継ぎ資料の作成を進めていた。しかし、集中力が続かない。桜庭の嫌味な言葉、そしてこれから始まるであろう嫌がらせの数々を考えると、胃がキリキリと痛むようだった。その時、背後から声をかけられた。
「係長、ちょっといいですか?」
振り返るとやすしが立っていた。やすしは何とも言えない顔をしていた。
「やすし?どうした?」
「あの…、さっき課長と話しているのを聞いてしまったんですが…」
やすしは少し戸惑った様子で、言葉を濁した。
「あぁ、聞こえていたか。すまないな。来月末で辞めることにしたんだ。」
「そうなんですね…。あの、課長は結構ひどいことを言っていたと思うんですが…。係長は大丈夫ですか?」
やすしは心配そうにたけおの顔を見つめた。たけおは、やすしの優しさに胸が熱くなった。
「あぁ、大丈夫だ。心配をかけたかな。悪いね。」
たけおは、桜庭の嫌がらせのことを話すかどうか迷ったが、結局何も言わなかった。心配をかけたくないという気持ちと、自分が辞めることで、やすしたちに迷惑がかかるかもしれないという後ろめたさがあったからだ。
「そうですか…。何かあったら、いつでも相談してくださいよ。力になるんで。」
やすしは、軽く自分の胸をたたいて、自分の席に戻っていった。
たけおはやすしの温かい言葉に励まされ、再び資料作成に取り掛かった。そんなの日の午後、桜庭から急に呼び出された。たけおは桜庭のデスクに向かった。
「お前さ、引き継ぎ資料作り終わったろ?確認してやるよ。」
(昨日の今日でできるわけがないだろう…。)
たけおはそう思った。
「いえ、まだ作成中なので。」
そういうと桜庭はドンと机をたたいて声を荒げた。
「おいおいおい。お前来月休むんだろ?仕事遅くないか?まだ資料できてないのかよ。」
桜庭はにやにやしながらたけおの方をみる。たけおはこの上司の顔を殴りたいと心底思ったが、ぐっと耐えた。
「昨日の今日で作れるわけないじゃないですか。私の仕事がそんなに少ないとでも?完成予定は今週末です。それまで待ってください。」
たけおは淡々と述べた。言葉の節々に怒りを込めて。
「本当にそれで大丈夫なのかよ。引継ぎできなかったら有休は許可しねぇぞ。」
桜庭は、そういうとあっち行けとでもいうかのように手を振った。たけおはムッとしながらも「失礼しました」と言って自分の席に戻った。そのときだった。
「あー、仕事のできねぇ奴は困るなあ。」
桜庭がオフィス全体に聞こえるように大声で叫んだ。この言葉は、まるで刃物のようにたけおの心を突き刺した。たけおは、悔しさと怒りで体が震えた。
(こんな会社、早く辞めてやる…!)
たけおは、心の中でそう呟いた。
その日から、桜庭の嫌がらせはエスカレートしていった。無理難題な仕事を押し付けられ、残業を強要される。他の社員にも聞こえるように陰口を叩かれるなどの行為で、たけおは次第に精神的に追い詰められていった。
そんな日々を送っていたたけおだったが、引き継ぎ資料を完成させた。その引継ぎの仕事を説明するための会議中、やすしがもう我慢できないという顔でたけおを見た。
「係長。俺、桜庭課長には我慢できませんよ。」
いつになく熱くなっているやすしがそこにいた。